「ホーチミンとハノイで、開発拠点として何がどう違うのか」——ベトナムでの開発を検討している方から、こうした質問をよく受けます。相見積もりを取ると、ハノイの会社は「北部は日本語人材が豊富で堅実」と言い、ホーチミンの会社は「南部は最新技術とスピード」と言う。どちらの説明も筋は通っているのに、どちらもポジショントークに聞こえてしまう。これが検討段階の実情です。
結論から言うと、3都市の違いは7つの軸に整理できます。IT人材の母数と供給源、得意領域の傾向、給与水準、日本語人材、日系企業の集積、オフィスと生活のコスト、気候と災害リスクです。そして、この違いで決まるのは「採用の当てやすさ」と「止まりにくさ」までです。開発の成否そのものは、都市ではなく会社の商流と体制でほとんど決まります。
この2つを分けて考えることが、拠点選びの出発点になります。都市の違いは前提条件を決めるだけで、結果を決めるものではない。逆に言えば、都市を先に決めてから会社を探すのは失敗のもとです。まず何を重視するかを決め、その軸で会社を絞り、結果として都市が決まる。この順番のほうが、実務では外しません。
本記事では、3都市の基本像と比較一覧表、採用に効く5つの違い(得意領域・給与・日本語人材・離職率と定着・気質)、事業継続に効く3つの違い(日系企業の集積・コスト・気候と災害リスク)、拠点選びの6つの判断軸と当社の位置づけ、よくある質問の順に解説します。数値にはすべて出典と時点を付けました。気質や商習慣については、公的な一次情報が存在しないため「一般にそう言われる」という形でのみ扱います。
私は人材業界の出身で、2018年からホーチミンでベトナムオフショア開発の体制づくりに携わり、約100社の相談に乗ってきました。気質の説明を根拠に拠点を決めた企業が、結局は同じ都市の別の会社に切り替えただけで立ち上がりが変わった、という相談も何度も見ています。この記事を読み終えるころには、自社が都市の何を見るべきで、何を見なくてよいかが判断できるはずです。
目次
- ホーチミン・ハノイ・ダナンの基本像
- 3都市の比較一覧表(人口・IT求人シェア・給与水準・日本語人材・日系集積・気候)
- IT人材の規模と供給源
- 数字の読み方
- 歴史の違いが残したもの
- 採用に効く5つの違い
- 得意領域の傾向
- 給与水準——都市別の公的統計はなく、効いてくるのは商流
- 日本語人材の多さ
- 離職率と定着
- 商習慣と気質の違いは「一般にそう言われる」にとどめる
- 事業継続に効く3つの違い
- 日系企業の集積と出張のしやすさ
- オフィスと生活のコスト
- 気候と災害リスク
- 都市を問わず効く条件
- 拠点の選び方
- 判断軸6つ——採用しやすさ、単価、日本語人材、事業継続、出張のしやすさ、既存拠点との関係
- ケース別の目安
- 当社の拠点はホーチミン
- 都市より先に効くもの
- ホーチミン・ハノイ・ダナンの拠点選びでよくある質問
- Q1. ハノイのほうが安く発注できますか?
- Q2. 日本語人材が多いのはどちらですか?
- Q3. ダナンは開発拠点の候補になりますか?
- Q4. 都市によって開発の品質は変わりますか?
- Q5. 複数都市に分散させるべきですか?
- まとめ: 都市の違いは採用と事業継続の前提条件
ホーチミン・ハノイ・ダナンの基本像——規模、IT人材の供給源、開発拠点としての位置づけ

ベトナムで開発拠点の候補に挙がるのは、南部の経済都市ホーチミン、北部の首都ハノイ、そして中部の新興IT都市ダナンの3つです。ベトナムはオフショア開発白書2025年版(オフショア開発.com、2026年9月21日確認)でオフショア開発先のシェア43%と首位ですが、その中身は3都市に偏って分布しています。まずは規模と人材の出どころという、いちばん動かしにくい前提から押さえてください。
3都市の比較一覧表(人口・IT求人シェア・給与水準・日本語人材・日系集積・気候)
項目 | ホーチミン(南部) | ハノイ(北部) | ダナン(中部) |
|---|---|---|---|
人口 | 約1,400万人(2025年の省市再編後) | 886万人(2025年) | 300万人超(2025年7月にクアンナム省を統合) |
IT求人の集積 | 国内最大。外資・スタートアップが集中 | 大規模。政府機関・通信・金融系が厚い | 小規模だが増加中 |
IT平均給与 | 都市別の給与を示した公的統計がなく非掲載 | 同左 | 同左 |
主な工科系大学 | ホーチミン市工科大学 | ハノイ工科大学 | ダナン工科大学、ダナン外国語大学 |
日本語人材 | 高等教育の学習者数はハノイより少ない。英語環境が厚い | 高等教育の日本語学習者数が一貫して最多 | 母数は小さいが外国語大学の日本語学科が供給源 |
日系企業の集積 | 日系企業数・日本人居住者数が最多。生活インフラが最も充実 | 北部拠点が集中。日本大使館・日系スーパーあり | 小規模だが増加中 |
気候 | 熱帯・サバナ気候。月平均気温は約27〜30℃、雨季5〜10月 | 四季あり。夏は約32℃、冬は約16℃まで下がる | 熱帯モンスーン。1月でも月平均気温は20℃を下回らない |
台風の影響 | 直接の影響はほとんどない | 夏を中心に上陸・接近がある | 秋を中心に上陸・接近がある |

- 出典と時点: 人口はジェトロ「概況・基本統計」(ハノイ市・ベトナム統計年鑑2025)およびジェトロ・JICAの公表情報(2025年7月の省市再編後)。気候は気象庁「世界の地点別平年値」とJICAベトナム事務所の公表情報(2024年8月)。日本語人材はJICA「ベトナム国北部における日本語人材の養成に係るニーズ確認調査 調査完了報告書」(2024年12月)。都市別のIT平均給与と台風の発生回数については、当たるべき公的統計・一次調査が確認できなかったため数値を掲載していません
- IT関連の都市別の数字は民間調査または二次集計であり、政府の公的統計ではありません。数字は目安として扱ってください
IT人材の規模と供給源——ハノイ工科大学、ホーチミン市工科大学、ダナン大学系列
ベトナムのIT人材の規模は、調査によって定義(需要か供給か、在職者か学生か)が違ううえ、都市別に切り分けられる公的統計もありません。人数の総量よりも、その母数がどこに集まっているかという分布のほうが、都市ごとの採用のしやすさを左右します。
ハノイは政治と教育の中心地で、ベトナム最高峰の理工系大学であるハノイ工科大学をはじめ、教育機関が集中しています。アルゴリズムや数学的基礎に強いエンジニアが多いとされ、日本語教育の層も厚いのが特徴です。ホーチミンには南部トップの理系大学であるホーチミン市工科大学があり、こちらもハノイ工科大学と並ぶ水準です。加えてホーチミンは欧米・中国・韓国・台湾・シンガポールなど各国の外資系企業が集まるため、ITエンジニアの雇用がベトナム最大の規模になります。当社がホーチミンで採用を行っている実感としても、同じ要件で母集団を集めたときにいちばん候補が集まるのはホーチミンです。
ダナンは2025年7月の行政再編でクアンナム省を統合し、人口は300万人を超えましたが、ホーチミン・ハノイと比べれば都市の規模は小さいままです。ただし市内にはダナン大学の系列校をはじめとする高等教育機関がまとまって立地しており、人口比で見れば教育機関の密度は高い都市です。ダナン外国語大学の日本語学科出身者がビジネスアナリストとして現地企業で働いている例もあります。母数は小さいものの、ゼロから探す都市ではありません。
数字の読み方——都市別のデータはほぼ民間調査。出典と時点を必ず確認する
ここで一つ、実務上の注意があります。都市別のIT人材数や給与を、ベトナム政府が公式に発表している統計は見当たりません。この記事で使った数字も、民間の市場レポート(TopDev)やJICAの報告書といった、公的統計ではない情報を含みます。人材会社が独自に集計した求人シェア・給与比・生活費の数字は、当たるべき原典が確認できないため掲載していません。
そのため、同じ「ハノイとホーチミンの給与差」でも、出典によって1割程度と書く記事もあれば、ほぼ同じと書く記事もあります。比較記事を読むときは、数字そのものより「どの調査の、いつ時点の数字か」を先に確認してください。出典と時点が書かれていない比較表は、判断材料になりません。ここが不透明な資料は要注意です。
歴史の違いが残したもの——首都と経済都市、そして中部の新興都市
ハノイは1,000年以上の歴史を持つ古都で、政府機関や国営企業の本社が集まる行政の中心です。ホーチミンはフランス植民地時代に「サイゴン」として開発された港湾都市で、国際航路を通じて新しい製品・サービス・技術が最初に入る場所でした。ダナンは中部の港湾都市で、2017年にダナンソフトウェアパーク、2020年にダナンITパークが政府の集中IT地区として認定され、国策でIT産業の集積が進んでいます。
この成り立ちの違いが、次の章で見る「得意領域」や「日本語人材」の差につながっています。
採用に効く5つの違い——得意領域、給与水準、日本語人材、離職率と定着、そして気質の話

ここからは、チームを組むときに実際に効いてくる違いを5つ見ていきます。得意領域・給与・日本語人材・定着の4つには出典のある差がありますが、5つ目の気質については公的な一次情報が存在しません。扱いを分けて説明します。
得意領域の傾向——ハノイは大規模・基幹系、ホーチミンはアプリとSaaS、ダナンは小規模の継続開発
オフショア開発会社の解説で最も一致しているのが、得意領域の傾向です。バイタリフィアジアの整理では、ハノイは仕様書どおりに正確に作るウォーターフォール型、ミスが許されない品質重視の開発、長期の保守案件に強く、大規模なエンタープライズシステム・基幹系、金融機関や官公庁向け、製造業の組み込みや車載といった領域で力を発揮するとされます。ホーチミンは要件が変わりやすい新規事業、最小限の機能から始めるMVP開発、研究開発、スピードが求められるアジャイル開発に強く、スマートフォンアプリ、Webサービス・EC・SaaS、AIや最新フレームワークを用いた開発が中心です。UI/UXへの意識が高いエンジニアが多いことも指摘されています。
ダナンについては、開発拠点としての規模がまだ小さく、大手のオフショア開発会社の第2・第3拠点として使われることが多いのが実情です。日系のオフショア開発会社もダナンに拠点を置いており、小規模なチームで長く続ける開発、コストを抑えた保守・運用に向きます。
ただし、これは「その都市の会社が得意とする傾向」であって、都市に所属する個人の能力差ではありません。ハノイの会社がアジャイル開発を得意にしている例も、ホーチミンの会社が基幹系を長年やっている例もあります。傾向は最初の絞り込みに使い、最終判断は会社ごとの実績で行ってください。
給与水準——都市別の公的統計はなく、効いてくるのは商流
給与は都市差が語られやすい項目ですが、都市別のITエンジニア平均給与を示した公的統計は確認できません。民間の求人メディアが実施した給与調査を他社の解説記事が引用している例はあるものの、公開ページで数値そのものを確認できないため、本稿では都市別の平均給与を数値で示しません。
ここで注意したいのは、この差が発注額にそのまま反映されるわけではないことです。オフショア開発の見積もりは「人月単価×人数×期間」で決まり、人月単価は現地の給与水準だけでなく、何次請けかという商流、会社のマージン、BrSEやPMの配置で大きく変わります。オフショア開発白書2025年版のベトナムの人月単価はプログラマー40.1万円、ブリッジSE 59.0万円、PM 71.4万円ですが、この幅は都市差より会社差のほうがはるかに大きいのが実情です。
たとえば当社の場合、公開している単価は実務3年目安で1,500USD(約22.5万円)、5年で2,000USD、10年目安やブリッジSEで3,000USDです(円表記は1USD=150円での換算目安)。これはホーチミンだからこの価格になるのではなく、グループの人財紹介事業が持つ人財データベースから直接アサインし、仲介マージンが乗らないためです。
日本語人材の多さ——高等教育の日本語学習者数は一貫してハノイが多い
「ホーチミンのほうが国際的だから日本語人材も多いのでは」と思われがちですが、データは逆を示しています。JICAが公開した「ベトナム国北部における日本語人材の養成に係るニーズ確認調査 調査完了報告書」(2024年12月)には、地域別の日本語学習者数が掲載されています。
区分 | 年 | ハノイ | ホーチミン |
|---|---|---|---|
高等教育(大学) | 2015年 | 8,738人 | 3,712人 |
高等教育(大学) | 2018年 | 13,510人 | 10,343人 |
高等教育(大学) | 2021年 | 22,127人 | 12,342人 |
学校教育以外(日本語学校など) | 2021年 | 57,850人 | 17,174人 |
高等教育では一貫してハノイが多く、2021年時点では約1.8倍の開きがあります。学校教育以外でも2018年以降はハノイが上回っています(学校教育以外の教育機関には送出機関や民間の日本語学校が含まれ、学習者の多くは技能実習生など研修・就労を目的とした者や留学を目的とした者だったと考えられる、と同報告書は説明しています)。結果として、ブリッジSEやIT通訳といった日本語人材は、ハノイのほうが採りやすい環境にあります。
一方で、日本語能力試験の級と実務で通用する日本語は別ものです。この点は「ベトナムエンジニア 日本語能力」の記事で詳しく整理しています。都市で母数を見たうえで、最後は個人を面談で確かめてください。
離職率と定着——公的統計はない。ダナンの定着の良さは「大都市すぎないこと」の裏返し
離職率については、ベトナムのIT業界を対象とした公的な統計が見当たりません。そのうえで、現地企業の解説では一貫した傾向が語られています。Enlyt(ダナンに開発拠点を持つSupremeTechの親会社)は、ダナン人材の特色として離職率の低さを挙げ、その一因として「大都市すぎないこと」——つまり就職先の選択肢が多すぎないことを指摘しています。バイタリフィアジアも、ハノイは離職率が比較的低いため長期の保守・運用やラボ型開発に向くとしています。
逆にホーチミンは、外資系企業とスタートアップが集中し、より高い給与やチャンスを求めて人が動く市場です。TopDev「Vietnam IT Market Report 2024-2025」の開発者調査では、給与以外で転職オファーを検討する要因の上位は、会社の技術スタック(56%)と会社の財務の安定性(43%)でした(2026年9月21日にレポート本体で確認)。都市の特性は確かにありますが、定着を左右するのは最終的に会社側の条件です。
商習慣と気質の違いは「一般にそう言われる」にとどめる——一次情報はない
比較記事でいちばん多く語られ、いちばん根拠が薄いのが気質の話です。一般には、ハノイは勤勉・慎重・計画的・規律重視、ホーチミンは明るい・楽観的・スピード重視・柔軟、と説明されます(バイタリフィアジア、コントロールテクノロジーほか)。背景として、北部は中国の影響や科挙の伝統から勉学と組織を重んじる文化があり、南部はフランス統治期から国際航路で新しいものが先に入る土地だった、という説明が添えられます。
これらは各社が現地での経験から書いたもので、統計に裏付けられた一次情報ではありません。同じ都市の中でも個人差は大きく、会社ごとのカルチャーの差のほうがはるかに目立ちます。私は2018年からホーチミンで約100社の開発体制の相談に乗ってきましたが、気質の説明を根拠に拠点を決めた企業が、結局は同じ都市の別の会社に切り替えただけでチームの立ち上がりが一変した、という話を何度も聞いています。
気質の話は、面談で相手を理解する際の補助線としては役に立ちます。しかし拠点選定の決め手にはしないでください。都市の性格で人を決めつけるのは、採用でも発注でも失敗のもとです。
事業継続に効く3つの違い——日系企業の集積、オフィスと生活のコスト、気候と災害リスク

ここまでは「誰を採れるか」の話でした。ここからは「止まらないか」「行きやすいか」「いくらかかるか」という、運用を続けるうえでの条件を見ていきます。開発会社に委託する場合でも、自社で拠点を持つ場合でも、この3つは契約前に確認しておく価値があります。
日系企業の集積と出張のしやすさ——日本人コミュニティ、直行便、時差2時間
日系企業の数と日本人コミュニティの規模は、南部のホーチミンが最大です。当社がホーチミンで採用・労務を行っている実感としても、日系企業数・日本人居住者数と日本人向けの生活インフラは南部が最も厚く、工業団地の集積もベトナム最大です。北部(ハノイ・ハイフォン周辺)にも工業団地が数多く集まり、電子部品・機械・自動車部品の製造業が集積し、日本大使館や日系スーパー、日本食レストランなど生活インフラが整っています。中部(ダナン・フエ周辺)は日本人コミュニティが小規模ですが増加傾向にあります。
出張のしやすさという点では、ホーチミン・ハノイ・ダナンのいずれも日本からの直行便が就航しており、都市選びの決定打にはなりにくいのが実情です。むしろ効くのは時差で、ベトナムと日本の時差は2時間しかありません。日本の午前10時がベトナムの午前8時、日本の午後6時がベトナムの午後4時です。3都市とも同じ時間帯のため、時差は都市選びの軸ではなく、ベトナムという国を選ぶ理由のひとつと考えてください。詳しくは「ベトナム 時差」の記事で整理しています。
採用競争という観点でも地域差があります。製造業を含む全業種では北部のほうが人材不足を訴える企業が多いという調査がありますが、IT職に限った内訳ではありません。IT人材に限れば、外資の集積するホーチミンのほうが獲得競争は激しいというのが当社の実感です。地域別の数字を使うときは、対象範囲(業種・企業規模・調査時点)を必ず確認してください。
オフィスと生活のコスト——ホーチミンが最も高く、ダナンが最も安い
コストは給与と同じ順序で、ホーチミンが最も高く、ダナンが最も安くなります。
項目 | ホーチミン | ハノイ | ダナン |
|---|---|---|---|
日本人の生活費(月額) | 3都市で最も高い | ホーチミンより低い | 3都市で最も低い |
ローカル向けアパート(月額) | 3都市で最も高い | ホーチミンより低い | ハノイ・ホーチミンより低い傾向 |
土地・不動産 | 中心部(1区・2区)で高騰傾向 | ホーチミンより比較的安価。ただし上昇中 | 比較的安価 |
ITインフラの整備 | 商業都市として整備 | 首都として整備 | 政府の集中IT地区に指定され、スマートシティ計画が進む |
- 出典と時点: アパート賃料はコントロールテクノロジー(2025年4月)。日本人の生活費は公開された一次調査が確認できないため、金額は掲載していません。ダナンの投資額と集中IT地区の指定はEnlyt/SupremeTech(2026年4月更新)
- 生活費の水準は住まいの選び方と外食の頻度で大きく変わるため、赴任を伴う場合は現地の不動産会社に実額の見積もりを取ってください
ダナンのインフラ面で見逃せないのが、政府の後押しです。ベトナム政府は市内の特定地域を集中IT地区に指定し、土地リース料・インフラ使用料・法人所得税の優遇で投資を誘致してきました。ダナン市はベトナムICTインデックスで長年1位を維持しており、ベトナムの声(VOV)の報道によれば2023年版で14年連続の首位となりました(2024年8月26日報道)。コストの安さだけでなく、通信インフラへの投資が続いている点が、第2拠点として選ばれる理由になっています。
気候と災害リスク——台風はハノイとダナンに集中し、ホーチミンはほぼ来ない
事業継続の観点で最も差が出るのが、台風と洪水です。都市別の台風上陸・接近回数を集計した一次統計は確認できなかったため、本稿では回数を示しません。地理的な傾向として、台風は北部と中部に上陸・接近し、南部のホーチミンに直接の影響が及ぶことはほとんどありません。
都市 | 台風の影響 | 集中する時期 |
|---|---|---|
ハノイ(北部) | 上陸・接近がある | 6〜10月。主に7〜8月 |
ダナン(中部) | 上陸・接近がある | 9〜11月 |
ホーチミン(南部) | 直接の影響はほとんどない | 台風による停止はまれ |
実際の被害としては、北部を2024年9月の台風11号(ヤギ)が7〜8日にかけて通過し、在ベトナム日本大使館の集計(2024年9月13日時点)として日本経済新聞が報じたところでは、ベトナムの日系企業169社に被害が生じ、うち少なくとも72社で事業活動に支障が出ています。中部のダナンでも、台風に伴う大規模な浸水被害が繰り返し報じられています。
一方、ホーチミンは台風による直接の影響がまれです。ただし台風がなくても、雨季(5〜10月)のスコールで排水が追いつかず浸水が起きることはあります。「台風が来ない=止まらない」ではない点は押さえてください。
気候そのものの違いも、駐在や出張の負担に効きます。ハノイは四季があり、冬(12月下旬〜3月)は約16℃まで下がり、夏(5〜10月)は約32℃の蒸し暑さになります。ホーチミンは月平均気温が年間を通じて約27〜30℃で四季がなく、雨季(5〜10月)と乾季(11〜4月)に分かれます。ダナンは1月でも月平均気温が20℃を下回りません(気象庁の平年値で21.7℃)。
都市を問わず効く条件——テトと祝日12日は3都市で共通
ここまで都市差を見てきましたが、ベトナム全土で共通する条件もあります。ベトナムの法定祝日は2026年で年12日(労働法112条の条文上は11日で、2026年からベトナム文化の日が加わります)で、日本より少なめです。ただし旧正月のテトは別格で、2026年は2月14日から22日までが休暇期間にあたります。この期間は都市を問わずベトナム全体の稼働が止まり、前後の数日は生産性も落ちます。
テトと祝日は拠点選びの軸ではなく、ベトナムを選んだ時点で全社に等しくかかる制約です。都市比較の表に混ぜず、別の計画項目として扱ってください。ここを混同した比較記事は少なくありません。日程の詳細は「ベトナム 祝日」の記事にまとめています。
では、これらの違いを踏まえて、実際にどう決めればよいのでしょうか。
拠点の選び方——6つの判断軸と、当社がホーチミンを拠点にしている理由

都市の違いが分かっても、それだけでは決まりません。決め方の順番が要ります。私が相談の場で使っているのは、6つの判断軸に重み付けをして、その軸で会社を絞り、結果として都市が決まるという進め方です。都市を先に決めてから会社を探すと、選択肢が不必要に狭まります。
判断軸6つ——採用しやすさ、単価、日本語人材、事業継続、出張のしやすさ、既存拠点との関係
No | 判断軸 | 何を見るか | 都市差の大きさ |
|---|---|---|---|
1 | 採用しやすさ(母数) | 増員の見込み、技術スタックの厚み、10名以上に拡大する可能性があるか | 大。求人の母数はホーチミン・ハノイが厚く、ダナンは小さい |
2 | 単価 | 人月単価の内訳、商流が何段階か、BrSE・PMの費用が含まれるか | 小。給与差は約1割だが、単価差は商流で数倍になる |
3 | 日本語人材 | ブリッジSEを置くか、日本人PMを置くか、どちらも置かないか | 中。高等教育の日本語学習者数はハノイが最多 |
4 | 事業継続 | 台風・洪水の頻度、停電、回線、BCPの有無、バックアップ拠点 | 大。台風の影響は北部・中部に集中し、南部はまれ |
5 | 出張のしやすさ | 直行便、時差、現地で日本語が通じる生活インフラ | 小。3都市とも直行便があり時差は2時間 |
6 | 既存拠点との関係 | すでに中国や他国に拠点があるか、分散させたいか、集約したいか | 案件による |

この6つのうち、都市差が大きいのは「採用しやすさ」と「事業継続」の2つです。逆に「単価」と「出張のしやすさ」は都市でほとんど変わりません。ここを取り違えると、比較に時間をかけた割に決め手が出ない、という状態になります。まず自社の重み付けを決め、上位2つの軸で候補を絞ってください。
ケース別の目安——大規模基幹系はハノイ寄り、新規事業とSaaSはホーチミン寄り、小規模継続はダナンも候補
案件の性質 | 目安となる都市 | 理由 |
|---|---|---|
要件が固まった大規模・基幹系、金融・官公庁向け、組み込み | ハノイ寄り | ウォーターフォール型と品質重視の実績を持つ会社が多く、日本語人材の層が厚い |
新規事業、MVP、スマホアプリ、Web・EC・SaaS、AI活用 | ホーチミン寄り | アジャイル型と最新技術の経験を持つ会社が多く、人材の母数が最大 |
小規模で長く続ける保守・運用、コストを抑えたい | ダナンも候補 | 人件費が相対的に低く、定着が良いとされる。政府のIT投資でインフラも整備 |
台風・洪水で止まるリスクを最小にしたい | ホーチミン | 3都市で台風による直接の影響が最も少ない |
すでに北部に製造拠点があり、近くにIT拠点を置きたい | ハノイ | 製造業の工業団地が数多く集積し、既存拠点との往来が容易 |
この表は最初の絞り込みに使うものです。いずれの都市にも例外はいくらでもあります。バイタリフィアジアも「地域差以上に、依頼先の開発会社の実績・得意分野のほうが結果に影響する」と結論づけており、私も同じ見方です。
当社の拠点はホーチミン——2,000名以上の人財データベースから直接アサインできる場所だから
当社TALENTBASE VIETNAMの拠点はホーチミンです。ただし、南部が優れているから選んだわけではありません。グループの人財紹介事業が2,000名以上のIT人財データベース(日本語N1〜N2相当を含む)を持ち、そこから直接アサインできる場所がホーチミンだったからです。協力会社や紹介を経由しないため、仲介マージンが発生しません。公開単価が市場相場の約1/2(当社調べ)になっているのは、都市の人件費ではなくこの商流の短さによるものです。
体制は2パターンあり、日本人PMまたはブリッジSEをフロントに置いてエンジニアを組むパターンAを推奨しています。1名から契約でき、最短2週間で開始、増員は約1週間、縮小と交代は1か月単位です。流れは打ち合わせ→アサイン(約1週間)→候補者面談(約1週間)→開始で、契約と支払いは日本国内法人・日本法準拠のため海外送金は不要です。時差は2時間なので、日本の午前に出した指示がその日のうちに動きます。
品質は都市ではなく仕組みで担保します。日本人PMによる設計レビュー、Gitのプルリクエストによるコードレビューの標準化、リリース前のダブルチェックの3点です。介護記録SaaS「CareViewer」では日本語ブリッジSE1名とフルスタックエンジニア2名の体制で、要件が動き続けるプロダクトを週次の優先順位判断で継続開発し、コストは従来の半分以下になっています。
都市より先に効くもの——商流と体制。ここを見誤ると都市選びは意味を持たない
最後にもう一度、順番を確認させてください。単価を決めるのは都市ではなく商流です。何次請けかで、同じ体制の見積もりが2倍違うことは珍しくありません。品質を決めるのも都市ではなく体制です。設計レビューとコードレビューが仕組みとして回っているか、リリース前に誰が確認するかで結果が変わります。
都市の違いで決まるのは、採用の当てやすさと止まりにくさという前提条件までです。ここを取り違えて都市の議論に時間をかけると、肝心の商流と体制の確認が後回しになります。会社の選び方そのものは「オフショア開発 会社」の記事に、契約形態の選び方は「ラボ型開発」の記事にまとめました。都市の比較は、その手前の絞り込みとして使ってください。
ホーチミン・ハノイ・ダナンの拠点選びでよくある質問

拠点の違いについて、相談の場で繰り返し聞かれる質問を5つにまとめました。社内での比較検討にもお使いください。
Q1. ハノイのほうが安く発注できますか?
都市別の平均給与を示した公的統計は確認できないため、本稿では数値を示しません。ただし発注額に効くのは商流のほうで、何次請けかによって同じ体制の見積もりが2倍違うこともあります。都市差を探すより、単価の内訳と商流を確認するほうが効果があります。
Q2. 日本語人材が多いのはどちらですか?
高等教育の日本語学習者数では、一貫してハノイがホーチミンを上回っています。2021年時点でハノイ22,127人に対しホーチミン12,342人でした(JICA報告書・2024年12月公開)。ただし学習者数は「日本語人材の質」ではありません。ブリッジSEを置くなら、都市の母数を見たうえで必ず個人を面談で確かめてください。
Q3. ダナンは開発拠点の候補になりますか?
なります。ただし規模の前提が違います。IT求人の母数はハノイ・ホーチミンより小さく、人口も2025年7月の再編後で300万人超と、ホーチミン・ハノイより小さい規模です。10名以上に増やす計画があるなら慎重に、小規模で長く続ける保守・運用ならコストと定着の面で有利です。政府の集中IT地区指定とスマートシティ投資でインフラは整っています。
Q4. 都市によって開発の品質は変わりますか?
都市そのものより、会社の体制で変わります。設計レビューとコードレビューが仕組みとして回っているか、リリース前に誰が確認するかのほうが、結果への影響がはるかに大きいのが実情です。当社は日本人PMの設計レビュー、Gitプルリクエストによるコードレビュー、リリース前ダブルチェックの3点で担保しています。
Q5. 複数都市に分散させるべきですか?
10名を超える規模で、台風や停電による停止を避けたい場合には検討の価値があります。ただし分散はコミュニケーションの経路を増やすため、5名以下の体制では管理負荷のほうが上回ります。まずは1拠点で始め、規模が見えてから分散を考えるのが現実的な順序。
まとめ: 都市の違いは採用と事業継続の前提条件——開発の成否は商流と体制で決まる
ホーチミン・ハノイ・ダナンの開発拠点としての違いは、IT人材の母数と供給源、得意領域の傾向、給与水準、日本語人材、離職率と定着、日系企業の集積、オフィスと生活のコスト、気候と災害リスクに整理できます。IT求人の母数はホーチミンとハノイが厚く、ダナンは小規模です。都市別の平均給与については公的統計が確認できないため、本稿では数値を示していません。高等教育の日本語学習者数は一貫してハノイが多く、2021年時点でハノイ22,127人に対しホーチミン12,342人でした(JICA報告書・2024年12月公開)。台風の影響は北部のハノイと中部のダナンに集中し、南部のホーチミンでは直接の影響がまれです。
これらの違いで決まるのは、採用の当てやすさと、止まりにくさという前提条件までです。単価を決めるのは都市ではなく商流で、何次請けかによって同じ体制の見積もりが2倍違うことがあります。品質を決めるのも都市ではなく体制で、設計レビューとコードレビューが仕組みとして回っているかどうかが結果を左右します。判断軸は6つ——採用しやすさ、単価、日本語人材、事業継続、出張のしやすさ、既存拠点との関係。このうち都市差が大きいのは採用しやすさと事業継続の2つだけです。まず重み付けを決め、その軸で会社を絞ってください。
当社の拠点はホーチミンですが、南部が優れているからではなく、グループの人財紹介事業が持つ2,000名以上のIT人財データベースから直接アサインできる場所だからです。日本人PMがフロントに立ち、時差2時間で当日中にやり取りが完結し、1名から最短2週間で始められます。なお、法定祝日12日(2026年。労働法112条の条文上は11日で、2026年からベトナム文化の日が加わります)とテト(2026年は2月14日〜22日)は都市を問わずベトナム全体にかかる条件のため、都市比較とは分けて計画してください。会社の選び方はオフショア開発会社の選び方、契約形態の選び方はラボ型開発とはもあわせてご覧ください。現在の体制と要件をお聞かせいただければ、どの都市・どの体制が合うかの判断と概算見積もりでお答えします。合わない案件にはその旨も率直にお伝えします。