チャイナリスクとは?8つの論点に分解する【2026年版】公的資料で確認できる事実だけで整理

2026.09.19|ベトナム基礎知識|文: 中元 亨

「チャイナリスクと言われたが、結局これは何を指しているのか」——役員会や監査部門からこの言葉を投げかけられた方から、こうした相談をよく受けます。調べてみると、証券会社の用語集、海外進出の支援会社のコラム、報道記事で、指している範囲がそれぞれ違う。政治体制の話もあれば、人件費の話も、為替の話も、模倣品の話も出てくる。言葉の輪郭がつかめないまま、社内で説明を求められている。そういう状態で読み始める方が多いはずです。

結論から言うと、チャイナリスクという語は、性質の異なる8つの論点を1語に詰め込んだものです。法制度と規制の変化、データとセキュリティに関する法令、知的財産、人件費の上昇と採用、地政学と通商政策、為替、自然災害や感染症による供給停止、そして一国集中そのもの。効く相手も対処法も違うため、分解しないまま使うと判断材料になりません。自社のどの資源が、どの変動要因にさらされているのか。切り分けが先で、国を替えるかどうかの話はそのあとです。

先に断っておきます。当社はベトナムのホーチミンを拠点にオフショア開発を行う会社であり、中国を競合地域として見る立場にあります。この記事は利益相反が起きやすいテーマです。ですから本文に書く事実は、外務省、個人情報保護委員会、経済産業省、JETRO、特許庁といった日本の公的機関が公表している資料に限り、資料名と公表時期、確認日を明記しました。確認できなかった論点は「確認できなかった」と書いています。中国の法令に触れる箇所は、条文の内容を当社が断定するのではなく、日本の公的機関がどう説明しているかという形で書いています。

本記事では、語の定義が定まっていないことの整理、論点8分類と対応する公的資料、この語がなぜ製造業の文脈で語られてきたのか、リスクの裏側にある強み、リスクを小さくする一般的な考え方4つ、IT開発を委託する場合に固有の論点、よくある質問の順に解説します。リスクだけを並べた記事にはしません。市場の大きさも、競争力も、調達網の厚みも、同じ資料の中に記録されています。両方を見ないと選択になりません。

私は人材業界の出身で、2018年からホーチミンで約100社の開発体制づくりに携わってきました。その中には、中国の開発会社との取引が合理的に機能している案件もあります。この記事は「だからベトナムへ」と言うためのものではありません。判断材料を並べますので、自社にとって何が効くのかは読み終えたあとにご自身で決めてください。

目次
  1. チャイナリスクとは
  2. 誰がどう使っているか
  3. この記事が扱う範囲
  4. 先に断っておくこと
  5. チャイナリスクの論点8分類
  6. 論点8分類の一覧表(何が変動するか・どの公的資料で確認できるか)
  7. 法制度・規制と、データやセキュリティに関する法令
  8. 知的財産、人件費、為替
  9. この記事は法的助言ではありません
  10. なぜ製造業の文脈で語られてきたのか
  11. 語の出自は調達・生産の分散にある
  12. 日本企業は実際にどう動いているか
  13. リスクだけを見ると判断を誤る
  14. 市場の大きさと競争力
  15. 調達網の厚み
  16. リスクを小さくする一般的な考え方4つ
  17. 4つの考え方の一覧表(何を守るのか・具体的に何をするのか)
  18. 順序を間違えない
  19. 撤退のしやすさは、始めるときにしか設計できない
  20. IT開発を委託する場合に固有の論点と、当社(ベトナム拠点)の立場
  21. IT委託で固有に効く4つ
  22. 中国での開発が合理的なケースもあります
  23. 当社の立場と、一国集中を避けるという考え方
  24. チャイナリスクに関するよくある質問
  25. Q1. チャイナリスクの定義は決まっているのですか?
  26. Q2. チャイナプラスワンとは何が違うのですか?
  27. Q3. 日本企業は中国から撤退しているのですか?
  28. Q4. 中国の法令はどこで確認すればよいですか?
  29. Q5. IT開発を委託する場合、最初に確認すべきことは何ですか?
  30. まとめ: 言葉を分解し、公的資料で確認できる事実だけで自社への影響を見る

チャイナリスクとは——定義が定まっていない言葉であることを先に押さえる

チャイナリスクという言葉の定義を整理する会議

チャイナリスクとは、中国に事業資源を置くこと、あるいは中国と取引することに伴って生じる、事業上のさまざまな変動要因をまとめて呼ぶ言葉です。ただし、この語には公的な定義がありません。誰が使うかによって指す範囲が変わる言葉であり、その点を押さえずに議論を始めると、会議で話が噛み合わないまま時間だけが過ぎます。まず語を解体するところから始めます。

誰がどう使っているか——証券用語集、進出支援、報道で指す範囲が違う

検索すると最初に出てくるのは、証券会社や資産運用会社の用語集です。ここでの「チャイナリスク」は、中国の景気や政策の変化が株式・為替の相場に与える影響を指しています。投資家向けの語義で、事業会社の調達や委託の話ではありません。

次に出てくるのが、海外進出の支援会社が書いたコラムです。こちらは現地法人の運営を前提にしており、労務、許認可、代金回収、撤退手続きといった運営上の問題が中心になります。さらに報道記事では、米中関係や経済情勢といった、より大きな枠の話として使われます。

同じ語で、相場の話、現地運営の話、国際情勢の話がそれぞれ語られている。これが実情です。そのため「チャイナリスクをどう見ているか」という問いには、そのままでは答えられません。何を指しているのかを先に確認しないと、答えが噛み合わないからです。

この記事が扱う範囲——「中国に事業資源を置くことに伴う、事業継続と費用の変動要因」に限る

本記事では、扱う範囲を「中国に事業資源(拠点、生産、調達先、委託先、データ)を置くことに伴う、事業継続と費用の変動要因」に限定します。相場の見通しや、政治体制そのものの評価は扱いません。

理由は2つあります。1つ目は、出典を示せる範囲がここまでだからです。相場の見通しや体制の評価は、断定できる性質のものではありません。2つ目は、読者が社内で使えるのがこの範囲だからです。調達方針や委託先の選定で必要なのは、「何がどう変動しうるか」と「その根拠はどこにあるか」であって、大きな見立てではありません。

そのうえで、本記事に書く事実は日本の公的機関が公表している資料に限りました。外務省、個人情報保護委員会、経済産業省、JETRO(日本貿易振興機構)、特許庁の公表物です。資料名と公表時期、当社が確認した日を本文に書いています。報道の要約や他社記事は、論点を洗い出す段階でのみ使い、事実の根拠にはしていません。

先に断っておくこと——当社はベトナムでオフショア開発を行う会社です

もう一つ、先に断っておかなければならないことがあります。当社(TALENTBASE VIETNAM)は、ベトナムのホーチミンを拠点にオフショア開発を行う会社です。つまり、開発委託先としては中国を競合地域として見る立場にあります。

この立場で「チャイナリスク」を書くと、リスクを大きく見せ、ベトナムへ誘導する記事になりかねません。そうならないよう、この記事では次の方針を取っています。

  • 事実は日本の公的機関の公表資料に限る。伝聞や報道の要約、競合記事を根拠にしない
  • 中国の法令に触れる場合は、条文の内容を当社が断定せず、日本の公的機関がどう説明しているかという形で書く
  • リスクだけでなく、同じ資料に記録されている強み(市場の大きさ、競争力、調達網の厚み)も書く
  • 中国での開発が合理的なケースを本文に書く
  • 国や国民性を理由にした断定、文化に関する一般化は行わない
  • 確認できなかった論点は「確認できなかった」と書く

読者の側でも、この立場を踏まえて割り引いて読んでいただいて構いません。むしろ、そうしていただくために先に書いています。では、8つの論点に分解していきます。

チャイナリスクの論点8分類——それぞれに日本の公的資料を当てる

チャイナリスクの論点8分類のうち供給停止と物流を示すコンテナ港

チャイナリスクと呼ばれているものを分解すると、8つの論点になります。性質が違うため、効く相手も、打てる手も違います。ここでは各論点に、日本の公的機関が公表している資料を当てました。すべて2026年9月19日に当社が原典を確認したものです。資料が見つからなかった論点は、その旨を書いています。

論点8分類の一覧表(何が変動するか・どの公的資料で確認できるか)

No

論点

何が変動しうるか

確認できる日本の公的資料

1

法制度と規制の変化

許認可、立入り、調査・拘束の対象となる行為の範囲

外務省 海外安全ホームページ スポット情報「中国:中国の「反スパイ法」に関連する注意喚起」(2025年7月22日発出)

2

データとセキュリティに関する法令

データの保存場所、国外への移転の可否と手続き

個人情報保護委員会「外国制度(中華人民共和国)」(令和7年2月3日更新。調査は2022年2月15日時点)

3

知的財産

模倣、権利の帰属と行使のしやすさ

特許庁「模倣被害実態調査」(※2020年度調査をもって中止。最新の国別統計は本稿では確認できず)

4

人件費の上昇と採用

賃金水準、採用難、離職

JETRO「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」(調査部・2026年3月)

5

地政学と通商政策

関税、輸出入規制、取引の可否

JETRO「第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(調査部・2026年3月)/経済産業省「通商白書2025」(令和7年版)

6

為替

円貨での支払額、採算

JETRO「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」(経営上の問題点に「為替変動」を計上)

7

自然災害と感染症による供給停止

稼働停止、物流の寸断

経済産業省「通商白書2025」(サプライチェーン強靱化の文脈)/JETRO第24回調査(「物流に関するリスク」を項目化)

8

一国集中そのもの

上記1〜7が同時に効くこと

経済産業省「通商白書2025」(「特定の国・地域に過度に依存しない対外経済関係を確保すること(自律性の確保)」)

チャイナリスクの論点8分類(法制度と規制の変化、データとセキュリティに関する法令、知的財産、人件費の上昇と採用、地政学と通商政策、為替、自然災害と感染症による供給停止、一国集中そのもの)と、それぞれ確認できる日本の公的資料

この8つのうち、1〜3は制度と権利の話、4と6は費用の話、5と7は外部環境の話、8はそれらが重なることの話です。自社のどの資源が、どの行に当たるのか。まずそこを特定してください。全部に一度に対処しようとするのが失敗のもとです。

法制度・規制と、データやセキュリティに関する法令——外務省と個人情報保護委員会が公表していること

論点1と2は、本記事の中でも特に出典の扱いに注意が要る箇所です。中国の法令の中身について、当社が解釈を述べることはしません。日本の公的機関がどう説明しているかだけを書きます。

外務省は、海外安全ホームページのスポット情報として「中国:中国の「反スパイ法」に関連する注意喚起」を2025年7月22日に発出しています。同情報には、中国が2014年に反スパイ法(反間諜法)を制定し、2023年4月に改訂されたこと、2024年5月に国家秘密保護法の改正が行われたことが記されています。また「2014年以降、これまでに17名の邦人が「国家安全」に関する罪により中国当局に拘束されたことが確認されており、現在も5名の邦人が拘束されています」と記載されています。

同情報は、日本人が「いわゆるスパイ行為をしているとみなされるリスクを低減するよう努めて」ほしいとして、具体的な注意点を列挙しています。国家秘密やインテリジェンスに該当するとされる情報を取得・保有しただけで対象となりうること、「軍事禁区」「軍事管理区」での立入りや撮影が禁止されていること、GPSを用いた測量や地質調査・生態調査などで地理情報を収集した場合も対象となりうること、統計法により外国人による無許可の統計調査が禁止されていることなどです。過去の滞在時の行為も調査の対象になり得るとも書かれています。出張者を送る事業者にとっては、この文書そのものを社内の渡航前資料に入れるのが確実です。

個人情報保護委員会は、「外国制度(中華人民共和国)」というページで、中国の制度に関する調査結果を公表しています(令和7年2月3日更新。調査を実施したのは2022年2月15日時点)。同委員会がこの調査を行っているのは、個人情報保護法第28条第2項に基づき、外国にある第三者へ個人データを提供する際のリスクについて「本人の予測可能性を高める」ため、また提供先の事業環境を認識することを促すためです。調査の対象として挙げられている中国の法令は、中華人民共和国個人情報保護法、同サイバーセキュリティ法、同データセキュリティ法、同国家情報法の4つです。

委託先の国が中国であるかベトナムであるかにかかわらず、日本の個人情報保護法28条は別に効きます。つまり「国内の委託だから」という理屈は通らず、外国にある第三者への提供として扱う必要があります。この枠組み自体の実務は「ベトナムへのデータ越境と個人情報」の記事で詳しく扱っているため、ここでは所在の説明に留めます。中国の制度について詳細を確認したい場合は、上記の個人情報保護委員会のページを直接お読みください。当社が要約するより正確です。

知的財産、人件費、為替——数字で押さえられるものと、公式統計が途切れているもの

知的財産(論点3)については、最新の国別統計を確認できませんでした。 特許庁の「模倣被害実態調査」のページには、同調査が「2020年度調査をもって中止することとなりました」と明記されており、2021年度以降は知的財産活動調査を通じて模倣被害に関する調査を行う予定である旨が記載されています。つまり、国別の被害実態について、直近年の公式統計を示すことが本稿ではできません。「中国では模倣が多い」という趣旨の記述は、根拠を示せないため書きません。権利の帰属を契約で押さえるという実務的な話は、論点としては残ります。詳細は「システム開発の著作権」の記事に譲ります。

人件費(論点4)は、JETROの「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」(調査部・2026年3月)で数値を確認できます。在中国日系企業の経営上の問題点として最も多かったのが「従業員の賃金上昇」で55.1%、以下「新規顧客の開拓が進まない」49.5%、「競合相手の台頭」49.4%、「商品価格の優位性」45.6%と続きます(有効回答711社)。賃金の前年比昇給率は、製造業の総数で2025年が3.3%、2026年見込みが3.1%でした。賃金上昇は日本企業にとっても他国でも起きていることであり、中国に固有の現象として書くのは正確ではありません。比較で見る場合は、各国の同種調査に当たってください。

為替(論点6)は、同じ調査の経営上の問題点で「為替変動」が29.4%(中国全体)に挙がっています。ただし為替は中国に限った論点ではなく、外貨建ての委託費を持つすべての企業に効きます。円安が委託費にどう効くかは「円安 オフショア開発」の記事で3つの経路に分けて扱っているため、ここでは1段落に留めます。

この記事は法的助言ではありません

本記事は、公表されている資料の所在と、そこに書かれている内容を整理したものであり、法的助言ではありません。中国の法令の適用範囲や、個別の取引・委託が特定の規制に該当するかどうかの判断は、弁護士など有資格の専門家にご確認ください。

また、法令と制度は改正されます。本記事に記した資料は2026年9月19日に確認したものであり、その後の改正や更新は反映されていません。実際に判断に使う際は、必ず各機関のページで最新の版をご確認ください。次章では、そもそもこの語がどういう文脈で使われ始めたのかを見ます。

なぜ製造業の文脈で語られてきたのか——調達と生産の話として始まった経緯

調達と生産の集中という文脈で語られてきたチャイナリスクを示す都市の遠景

チャイナリスクという語をIT委託の文脈で目にすることが増えましたが、この語はもともとIT委託の話ではありませんでした。調達と生産、つまり物をどこで作り、どこから買うかという製造業の話として語られてきた言葉です。出自を知っておくと、論点のどれが自社に効くのかを見分けやすくなります。

語の出自は調達・生産の分散にある——IT委託は後から重なった論点

日本の製造業は、長期にわたって中国に生産と調達を集中させてきました。人件費、部品の供給網の厚み、物流網、そして市場としての規模。どれを取っても合理的な選択でした。しかし集中が進むほど、そこで何かが起きたときに代替が利かなくなります。「集中していること自体がリスクである」という認識が広がった結果、生まれたのが「チャイナプラスワン」という呼び方です。一国に集中させず、もう一つ持つ、という考え方を指します。

この認識は、現在の日本の通商政策にも文言として残っています。経済産業省の「通商白書2025」(令和7年版)は、経済安全保障の確保について「重要な資源・物資の安定供給の確保・調達源の多様化などによりサプライチェーンの強靱化を進め、特定の国・地域に過度に依存しない対外経済関係を確保すること(自律性の確保)」が重要である、と記しています。ここで書かれているのは特定の国を避けよという話ではなく、過度に依存しない構造を作るという話です。この違いは小さくありません。

IT開発の委託がこの語の射程に入ってきたのは後からです。開発委託には工場も在庫もありませんが、ソースコードとデータがあり、体制という形で人が張り付いています。物の調達とは効き方が違うため、製造業向けの議論をそのまま持ち込むと的を外します。IT委託に固有の論点は後の章で扱います。

日本企業は実際にどう動いているか——JETROの2つの調査が示す数字

では、日本企業は実際にどう動いているのでしょうか。ここは推測せず、JETROの2つの調査から数字を引きます。

1つ目は、在中国の日系企業への調査です。「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」(調査部・2026年3月)によると、今後1〜2年の事業展開について「拡大」と回答した企業は21.3%で、調査開始以来の最低水準でした。ただし「現状維持」が64.3%で最大であり、「縮小」「移転・撤退」は計14.4%にとどまっています。同調査では、2025年の営業利益を「黒字」と見込む企業が63.2%で、前年(58.4%)比4.8ポイント上昇し、4年ぶりに6割台を回復したとも報告されています。

「日本企業は中国から引き揚げている」という語り方をよく見かけますが、この調査の範囲では、引き揚げは限定的です。多数派は現状維持です。

2つ目は、日本国内の本社に対する調査です。「第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(調査部・2026年3月。2025年11〜12月に9,647社へ送付、3,369社が回答、有効回答率34.9%)からは、次の数字が読めます。

調査項目

数値

地政学リスクによる影響を受けている、または今後影響する懸念がある企業

72.1%(n=3,352)

影響が懸念される地政学リスクのうち「米中関係、米中対立」を挙げた企業

約7割

主要原材料・部品・仕入品を中国から調達している企業

製造業・非製造業ともに6割超

海外調達を行う企業のうち、中国のみから調達している企業

約2割

中国から調達する企業のうち、他の国・地域からも調達している企業

約7割

今後1〜2年でサプライチェーンの見直し・再編を「実施する」

9.0%

同じく「検討する」

17.8%

見直し・再編を実施または検討する企業は合計で約4分の1です。裏を返せば、4分の3は当面そのままということになります。そして注目すべきは、同調査の自由記述の整理です。「中国からの調達・生産の分散の声が複数ある一方、コスト削減を背景に調達を拡大、中国生産に移行する動きも」と記されています。実際の記述例には「コスト削減のため中国から調達拡大(一般機械)」といったものが挙がっています。

つまり、方向は一つではありません。分散する企業と、コストを理由に中国での調達を増やす企業が、同じ時期に併存しています。「チャイナリスクがあるから全員が離れている」という前提で社内の議論を始めると、事実とずれた結論に着地します。数字を見て、自社がどちら側の事情を持っているかを確かめるところから始めてください。

リスクだけを見ると判断を誤る——同じ資料に記録されている強み

リスクと強みの両方を資料で確認する場面

ここまでリスクの論点を並べてきましたが、リスクだけを見て決めると、機会のほうを見落とします。判断とは比較であって、片側だけを見るのは判断ではありません。そして都合のよいことに、強みも同じ資料の中に記録されています。ここでは新しい資料を持ち出さず、前章と同じJETROの調査から読める事実だけを書きます。

市場の大きさと競争力——日系企業自身が「最大の競争相手は中国企業」と答えている

「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」には、競争環境についての設問があります。そこでは、製造業の8割超、非製造業の約7割が「中国企業」を最大の競争相手と回答しています。これは、中国企業の競争力が日系企業から見てそれだけ高いという事実の裏返しです。

さらに同調査では、販売先市場で競合と比較した自社の強み・弱みについて、日系の製造業は「性能・品質の高さ」や「アフターサービスの充実度」に強みを感じる一方、「価格」や「市場投入までの速さ」に弱みを感じている企業が相対的に多い、と報告されています。市場投入までの速さで後れを取っていると自認しているということは、相手方の開発と投入の速度が高いことを示しています。

事業展開の自由記述にも、市場としての評価が残っています。「中国自動車市場は世界最大規模で、かつ電動化、知能化が最も進化している市場である」「中長期的にみて中国市場のポテンシャルは高く」といった記述が、現状維持を選んだ企業の理由として挙がっています。技術力も市場規模も、リスクと同じ資料に記録されている事実です。

調達網の厚み——分散した企業も中国からの調達をやめてはいない

前章で引いた第24回調査の数字を、今度は逆から読みます。中国から調達する企業のうち約7割が他の国・地域からも調達している、という数字は「分散が進んでいる」という読み方ができます。しかし同時に、海外調達を行う企業のうち中国のみから調達しているのは約2割であり、残りの多くは中国を含む複数の調達先を持っているということでもあります。

つまり、分散した企業の多くは、中国を外したのではなく中国に加えて他を持ったのです。製造業・非製造業ともに6割超が中国から調達しているという数字は、分散の話をしている企業を含んだうえでの数字です。調達網としての厚みが、依然として代替しにくい水準にあることを示しています。

コスト面でも同じです。第24回調査の自由記述には、コスト削減を理由に中国からの調達を拡大する、あるいは中国生産に移行するという動きが記録されています。国内での原価削減に限界を感じ、中国を含む複数国での生産に移行するという記述もあります。

ここまでを踏まえて、あらためて考えてみてください。自社が守りたいのは何で、失いたくないのは何でしょうか。守りたいものが「供給の安定」なら分散の設計が効き、「コスト」なら分散はむしろ逆に働くことがあります。「データの管理」なら国を替えなくても契約と設計で相当部分が扱えます。次章では、その考え方を4つに整理します。

リスクを小さくする一般的な考え方4つ——国を替える前にできること

TALENTBASE VIETNAMの日本人PMとベトナム人エンジニアのチーム

論点を分解したら、次は減らし方です。ここで書くのは中国に限った話ではなく、海外に事業資源を置く場合に共通する考え方です。国を替えるのは手段の一つに過ぎず、替えずに減らせる部分のほうが実は大きい。順序を間違えると、移転費用だけを払って同じ問題を別の国で抱え直すことになります。

4つの考え方の一覧表(何を守るのか・具体的に何をするのか)

No

考え方

何を守るのか

具体的に何をするのか

1

一国集中を避ける

供給と稼働の継続

主要な調達先・委託先を1つにしない。第2の供給元を、使っていなくても契約上は生かしておく。通商白書2025の言う「特定の国・地域に過度に依存しない」構造を自社の規模で作る

2

契約と権利の設計

成果物と権利

成果物の帰属、ソースコードの引き渡し方法と時期、再委託の可否と承諾方式、準拠法と紛争解決地、秘密保持の範囲を契約書で確定させる

3

データの所在を決める

情報と法令順守

どのデータがどの国のサーバーに置かれるかを一覧にする。本番データを渡さない設計(マスキング、テスト用データ)を先に決める。個人データを含む場合は日本の個人情報保護法28条の枠組みで扱う

4

撤退のしやすさを最初に設計する

出口

解約の予告期間、最低契約期間、段階的な縮小の可否、引き継ぎ資料の範囲と納期、アカウントと権限の返還手順を、開始前に契約書へ書く

チャイナリスクを小さくする考え方4つ(一国集中を避ける、契約と権利の設計、データの所在を決める、撤退のしやすさを最初に設計する)と、切り分けから分散までの5ステップ

この4つは、どれも「国をどこにするか」より前に決められます。そして1〜4のうち、国を替えないと解決しないのは1だけです。2〜4は契約と設計の問題であり、同じ国のままでも相当部分を減らせます。

順序を間違えない——「どの資源が、どの変動要因にさらされているか」が先

相談を受けたときに私がまずやるのは、国の話ではありません。「どの資源が、どの変動要因にさらされているか」の切り分けです。順序を逆にするのが失敗のもとです。

具体的には、次の順で聞いていきます。

  1. 何を置いているか——人(駐在・委託先の要員)、データ(個人データを含むか)、成果物(ソースコード、設計書)、在庫、資金のどれが、どこにあるか
  2. 止まったら何が困るか——1週間止まった場合、1か月止まった場合に何が起きるか。止まっても困らないものは対象から外す
  3. どの論点に当たるか——前章の8分類のどれに当たるか。複数に当たる資源は優先度を上げる
  4. 国を替えずに減らせるか——契約、データの置き場、体制の冗長化で減らせる分を先に減らす
  5. それでも残るものを、分散で扱う——ここで初めて「もう一つの国」の話になる

この順序で見ていくと、多くの場合、4の段階でかなりの部分が片づきます。逆に、1と2を飛ばして5から始めると、何を守るために移すのかが説明できないまま移転費用だけが積み上がります。役員から「チャイナリスクをどう見ているか」と聞かれたときも、この5段の表を出せば、議論が個別の資源の話に降りてきます。

撤退のしやすさは、始めるときにしか設計できない

4つのうち、後から取り戻せないのが4番目です。解約の予告期間も、引き継ぎ資料の範囲も、段階的に縮小できるかどうかも、契約書に書いていなければ交渉になります。しかも交渉が必要になる局面は、たいてい急いでいるときです。

当社の場合を例に挙げると、ラボ型の体制は1名から契約でき、増員は約1週間、縮小と交代は1か月単位で調整できる形にしています。これは「撤退しやすさ」を売りにしているというより、体制の規模を可変にしておかないと、発注側が身動きを取れなくなるからです。契約先を検討する際は、最低契約期間、縮小の予告期間、引き継ぎ資料の範囲、アカウントと権限の返還手順の4点を、開始前に必ず確認してください。ここを詰めずに始めるのは要注意です。

4つの考え方をまとめると、一国集中を避ける、契約と権利を設計する、データの所在を決める、撤退のしやすさを最初に設計する。順序としては、切り分け→契約と設計→分散、です。

IT開発を委託する場合に固有の論点と、当社(ベトナム拠点)の立場

チャイナリスクとIT開発委託に関する相談に答える担当者

ここまでは、中国に事業資源を置く場合の一般論でした。最後に、IT開発を委託する場合に固有の論点を整理します。あわせて、この章では当社の立場をもう一度明示します。当社はベトナムのホーチミンを拠点にオフショア開発を行う会社であり、中国を競合地域として見る立場にあります。ですから、以下は判断材料として読み、最終的な結論はご自身で出してください。

IT委託で固有に効く4つ——ソースコードと権利、データの所在、体制の継続性、コスト前提の変化

製造業の調達と違い、IT委託には在庫も工場もありません。その代わり、無形の成果物と、データと、人の体制があります。効き方が変わる点は次の4つです。

論点

物の調達との違い

発注側が握るべきこと

ソースコードと権利

成果物が無形で、契約に書かなければ帰属が曖昧なまま進む

著作権の帰属と譲渡の時期、毎月の成果物の引き渡し方法、OSSと生成AIの扱い。詳細は「システム開発の著作権」の記事

データの所在

物と違い、どの国のサーバーにあるかが見えにくい

開発環境・検証環境・本番データがどこにあるか。本番データを渡さない設計。個人データを含む場合の28条の扱い。詳細は「ベトナムへのデータ越境と個人情報」の記事

体制の継続性

在庫のように積んでおけない。人が抜けると止まる

同じ領域を2名以上が触る構成、ドキュメントの整備、交代時の引き継ぎ手順。セキュリティ面の実務は「オフショア開発のセキュリティ対策」の記事

コスト前提の変化

賃金と為替が直接効く。在庫で吸収できない

契約通貨、改定の条件と頻度、期間。為替の効き方は「円安 オフショア開発」の記事

そもそも海外に開発を委託する仕組み自体から確認したい場合は、「オフショア開発とは」の記事をご覧ください。いずれも国名で決まる話ではなく、契約と設計で決まる話です。委託先が中国でもベトナムでも、この4つを詰めずに始めれば同じ問題が起きます。逆に言えば、この4つを詰められる相手であれば、国は選択肢の一つに戻ります。

中国での開発が合理的なケースもあります

正直に書きます。中国での開発が合理的なケースは実在します。私が見てきた範囲でも、次のような場合は、わざわざ移す理由が見当たりません。

  • すでに中国語圏に顧客基盤がある場合。 現地の商習慣や決済手段、法令に合わせた実装が必要で、その知見が現地の開発会社にある
  • 中国の現地法人で使う業務システムである場合。 利用者も業務も現地にあり、データも現地に置くことが前提になっている
  • 特定の技術領域で、その会社に蓄積がある場合。 委託先の技術的な強みが代替しにくく、切り替えコストが移転の効果を上回る
  • 長年の取引で体制と品質が安定している場合。 立ち上げをやり直す費用と時間を、リスク低減の効果が上回らない

こうした場合に必要なのは、国を替えることではなく、前章の2〜4(契約と権利の設計、データの所在、撤退のしやすさ)を整えることです。なお、オフショア開発白書2025年版では委託先の国別シェアはベトナムが43%、中国が21%とされていますが、これは当社の既存記事で扱った二次引用であり、日本の公的機関の統計ではありません。国別の傾向については「オフショア開発の国別比較」の記事をご覧ください。

当社の立場と、一国集中を避けるという考え方

そのうえで、当社の立場を書きます。当社はベトナム・ホーチミンを拠点とし、2,000名以上のIT人財データベースから直接アサインする形で開発チームを提供しています。契約と支払いは日本国内法人・日本法準拠で、海外送金は不要です。体制は日本人PM/BrSEを置くパターンAと、エンジニアのみのパターンBがあり、1名から、最短2週間で開始できます。

この記事の文脈で当社が言えることは一つだけです。一国集中を避けるという考え方は、中国に限った話ではありません。 ベトナムにも停止要因はあります。たとえばテト(旧正月)は2026年で2月14日から22日までの9連休で、この期間は現地の稼働が止まります。祝日は2026年で年12日(労働法112条の法定は11日で、2026年からベトナム文化の日が加わります)、日本との時差は2時間です。ベトナムを選べばリスクがなくなるわけではなく、変動要因の種類が変わるだけです。

ですから当社は、「中国からベトナムへ移すべきだ」とは書きません。既存の委託先が機能しているなら、まず契約とデータの設計を整えるほうが費用対効果は高い。そのうえで、単一の委託先に全部を置いていることが不安であれば、第2の体制を小さく持つという選択があります。当社が1名から契約できる形にしているのは、こうした「小さく持つ」使い方に対応するためです。

判断材料は以上です。自社のどの資源が、どの変動要因にさらされているか。それを切り分けたうえで、替えるべきか、整えるべきかを決めてください。

チャイナリスクに関するよくある質問

チャイナリスクという語について、相談の場で繰り返し聞かれる質問を5つにまとめました。社内での説明にもお使いください。なお、以下はいずれも法的助言ではありません。

Q1. チャイナリスクの定義は決まっているのですか?

決まっていません。証券会社の用語集は相場への影響を、海外進出の支援会社は現地運営上の問題を、報道は国際情勢を指して同じ語を使っています。本記事では「中国に事業資源を置くことに伴う、事業継続と費用の変動要因」に限定して8つの論点に分けました。社内で使う際も、まず範囲を定義してから議論を始めてください。

Q2. チャイナプラスワンとは何が違うのですか?

チャイナプラスワンは、リスクの呼び名ではなく対処の考え方の呼び名です。一国に集中させず、もう一つの拠点や調達先を持つという意味で使われます。本記事の論点8分類でいえば、8番目の「一国集中そのもの」に対する手当てに当たります。他の7つの論点は、分散だけでは解決しません。

Q3. 日本企業は中国から撤退しているのですか?

JETROの「2025年度 海外進出日系企業実態調査 中国編」(2026年3月)では、在中国日系企業のうち「縮小」「移転・撤退」は計14.4%で、「現状維持」が64.3%と最大でした。同じJETROの第24回アンケート調査には、コスト削減を理由に中国からの調達を拡大する動きも記録されています。引き揚げが全体の傾向であるとは言えません。

Q4. 中国の法令はどこで確認すればよいですか?

日本の公的機関の公表資料から入るのが確実です。データと個人情報については個人情報保護委員会の「外国制度(中華人民共和国)」、渡航者の安全と調査・拘束に関わる行為については外務省 海外安全ホームページのスポット情報と安全対策基礎データが公表されています。個別案件が規制に該当するかどうかの判断は、弁護士など有資格の専門家にご確認ください。

Q5. IT開発を委託する場合、最初に確認すべきことは何ですか?

国名ではなく契約と設計の4点です。ソースコードと著作権の帰属、本番データを渡さない開発環境の設計、体制が抜けたときの継続性、そして撤退のしやすさ(最低契約期間・縮小の予告期間・引き継ぎ資料の範囲)。この4点は委託先の国を問わず効く確認事項。

まとめ: 言葉を分解し、公的資料で確認できる事実だけで自社への影響を見る

チャイナリスクという語には公的な定義がなく、証券用語集・進出支援・報道で指す範囲が違います。本記事では「中国に事業資源を置くことに伴う、事業継続と費用の変動要因」に限定し、8つの論点(法制度と規制の変化、データとセキュリティに関する法令、知的財産、人件費の上昇と採用、地政学と通商政策、為替、自然災害と感染症による供給停止、一国集中そのもの)に分けて、それぞれに日本の公的機関の資料を当てました。外務省のスポット情報(2025年7月22日)、個人情報保護委員会の外国制度調査(令和7年2月3日更新)、経済産業省の通商白書2025、JETROの2つの調査(いずれも2026年3月)です。知的財産については、特許庁の模倣被害実態調査が2020年度で中止されており、最新の国別統計を確認できませんでした。

リスクだけを見ると判断を誤ります。JETROの調査では、在中国日系企業の「縮小」「移転・撤退」は計14.4%で「現状維持」が64.3%、2025年の黒字見込みは63.2%です。製造業の8割超が中国企業を最大の競争相手と答え、中国から調達する企業の約7割は他地域と併用しています。分散する動きと、コスト削減を理由に中国での調達を拡大する動きが同時に記録されています。減らし方の順序は、どの資源がどの変動要因にさらされているかの切り分け→契約と権利の設計・データの所在・撤退のしやすさ→そのうえで一国集中を避ける、です。4つのうち国を替えないと解決しないのは最後の1つだけです。

当社はベトナム・ホーチミンを拠点にオフショア開発を行う会社であり、中国を競合地域として見る立場にあります。その立場で申し上げますが、中国での開発が合理的なケースは実在しますし、ベトナムにもテトという稼働停止要因があります。国を替えればリスクがなくなるわけではありません。委託先の国別の傾向はオフショア開発の国別比較、データの扱いの実務はベトナムへのデータ越境と個人情報もあわせてご覧ください。現在の体制と要件をお聞かせいただければ、どの論点が効いているかの切り分けと概算見積もりでお答えします。合わない案件にはその旨も率直にお伝えします。なお本記事は法的助言ではありません。個別の判断は有資格の専門家にご確認ください。

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